ぼくの考えた最強の少子化対策

日本は滅びます、少子高齢化で。それを防ぐため僕の考えた最強の対策を発表します。

お受験の親の話

こんちくわ、hairlessです。

 

世の中は2種類の人間に分類することができます。

それはビジネスマンとそうでない人です。

まあこんな導入の仕方をすると、なんでも例える事ができるんですけどね。〇〇orNot〇〇で分類するなんて造作もなき手法です。

で、ビジネスマンとNotビジネスマンの違いというのは物事をリスクベースで考えるかどうかです。リスクベースでない考え方というのは長いのでお花畑と言い換えます。理由は後述します。

リスクベースというのは、今の生活や事業を続けていった場合に、どのようなイベントが発生してその結果どのような影響を与えるかという事です。例えばパワプロのサクセスなんかがとても分かりやすいんですけど、練習をする際に成功をすると各種ポイントがもらえて、失敗するとケガをしてしまい能力値が下がります。また練習後にはランダムでイベントが発生して、選択肢が発生してその結果次第で能力値が増減したりします。有名なのはD博士というマッドなサイエンティストが現れて、彼に能力強化を依頼して成功すると超絶能力アップ、失敗すると再起不能レベルのダメージを負います。こんな感じで我々の生活もイベントの連続で、一つ一つは大きな影響を与えないかもしれないですけどその結果の積み重ねが人生に多大な影響を与えています。

学生時代は志望校へ合格というイベントをクリアするために日々勉強して脳みそポイントを稼いで定期テストで良い点を取り、定期テストで良い点を取り続けて先生に褒めてもらおうとします。いっぱい先生に褒められた学生は先生のお気に入りとなり、高い内申点をもらって指定校推薦の枠に入れたりしますね。ただし一般入試イベントだと一発勝負のテストなのでそこで高得点を取れば定期テストの結果をすっ飛ばして合格することも可能です。ただし、定期テストで高得点を取れる素の実力があった方が一発勝負も強くなる傾向にあるといった感じですかね。

ただし学生の時間は有限であり、勉強に使える時間も限られています。そこで何に対して勉強するかを取捨選択する必要があるわけですが、学校の授業や定期テストに全振りしているような学生はそこに特化してしまうと学校の授業以外の知能が全く身につかないという極論が発生するとします。この場合定期テストの点数が良くても一般入試で点を取れずに落ちてしまいます。今度は同じ学生に志望校の過去問に全振りさせてみます。この場合は定期テストの点数が悪くても入試で高得点をたたき出せる可能性が高くなります。で、入試というイベントをクリアするためにはどちらの方が好ましいかというと後者ですよね。でも学校の授業というのは得てして前者を推奨しています。これは先生の授業の目的がちゃんと授業を聞いて理解してくれる真面目な学生を作り出す事になっているからであるからです。学生の望む志望校に合格という目的とは異なるわけですね。これが塾の場合は志望校へ合格するという目的なので、この目的をメインに考えるならば塾へ行くべきだと考えた親御さんは、自分たちの子供を塾に行かせるためにお金を出すわけです。こちらの方が目的に即していますからね。

ここでリスクベースの考え方に照らし合わせると、目的から逆算して達成するために必要な数値を導き出します。受験生の場合は偏差値が使われることが多いですね。でもこの偏差値は落とし穴があって志望校側はこの偏差値で合否を決めるわけではなく、学校側が作ったテストと内申点(と裏金や推薦)によって合否を決めるのです。偏差値なんて目安の一つに過ぎないわけですね。となると親の戦略としては子供を塾へ行かせます。どんな塾へ行かせるかというと、志望校に対して合格実績の高い塾ですね。学校の授業に対する補助が目的だったり偏差値を上げるのが目的の塾ではありません。志望校に対する受験対策に特化した塾へ行かせます。時間と資金というリソースが限られているので、目的達成のために一番近い道を歩ませるべきですよね。さらに親がすべきことは志望校のお偉いさんや合否を決める権限のある人とお近づきになって、分厚い封筒を渡せば完璧ですね。これで子供の貴重な時間を使わずにボーダーライン上になった場合でも合格率が上がった気分になります。

親がここまでして子供をいい学校へ行かせたいというのも、いい学校に入った方が将来勝組な大人になる可能性が高いからですね。いい学校だといい大人のコミュニティに入る可能性が高くなり、将来偉くなる人と友達になれる可能性も高くなります。そうすると自分も相対的に上級国民となることができて、一介のサラリーマンや労働者にならずに彼らをこき使う側となることができるわけですね。ここまで先の事を考えて子供に投資する大人が支配者層となるわけです。

 

対してお花畑ベースというのは、テストでライバルの子よりいい点とったら〇、悪かったら×など目先の数字や勝ち負けに対して一喜一憂する考え方です。そりゃ勝ち続けた方が最終勝利の為に好ましいですが、長いシーズンを考えればテストの点も波がありライバル相手に勝ったり負けたりするでしょう。そして最終的な一発勝負の場面で勝てるかどうかは道中の途中経過とは関係がありません。受験する子供はみんなその日のために頑張っているので一発逆転はどの子供でも可能です。ただ安定した実力があれば上位に入って合格する確率は高くなりますね。受験勉強というのは安定度を上げるための作業です。それ以上でもそれ以下でもありません。で、このことを理解していない親が何故よくないかというと、子供に悪い影響を与えるリスクが高くなるからです。

例えば安定して合格ラインに到達していた場合は、ご近所さんからマウントを取ることができてご満悦となります。これは慢心の原因となりますし、もし本番で失敗してしまったときに大ダメージを負ってしまい、以後は子供に対してヒステリックな対応をしがちになってしまいます。逆にずっと合格ラインに届いていない場合は子供に対して過度なプレッシャーを与える傾向にあるみたいです。となりのあの子は頑張っているのにうちの子はまるでゴミのようだと考えてしまうわけですね。そんな雰囲気を醸し出すと子供のやる気はダウンしてしまいます。そして受験に失敗して引きこもりになるのですよ。

そもそも受験というのは子供の将来の為に頑張っているので合否によって人生が決まるわけではありません。早熟な子供もいれば晩成型もいますし、長い人生は晩成型の方が幸せなに過ごせる可能性が高いような気もします。どちらかというと子供に頑張るという経験をさせて結果を問わずに今後の人生に繋げるイベントです。それをマウントの対象にしているのは親自身の自己中心な考え方で決して子供の為ではありません。どんなに頑張っても社会人になって成功するかどうかは別問題ですからね。学生時代なんて長い人生の中では短い期間です。頑張った経験を積ませたいならどこでもいいんですよね。それこそわざわざ受験を頑張らなくても他のところでマウントを取れるように育てればいいのですよ。

と、いうお話でした、ちゃんちゃん。